2021年10月20日

ちぢむ頭脳

技輩は老人である。85歳に限りなく近づいていく。体力の衰えは先人の老人達を眺めて理解していたが、頭脳の衰えは我が身に起きるまで理解することが出来なかった。それが確実におき始めた。その変化は脳細胞の衰弱が原因の現象だと理解しているが、その衰弱が時間と共に増えてゆく。

先立った友人が、あるとき田園にトラクターを運転して出たまでは良かったが、それからの操作が全く思い出せない、これはトラクターの故障だと騒ぎになって笑い話になったことがある。この話は人ごとではなくなった。ロールにフィルムを巻こうとして操作を忘れていた時は、私にも起きはじめたと思ったんだ。人生に終わりがあることは誰よりも理解していると思っていたが、現実を突きつけられると暗然とする。

振り返ってみると本好きの私でも、その読書量の減少は自覚できるほど落ちている、しかも数式が混在すると読み進むことが出来ない。あの数学好きの頭は夢の彼方に旅立ってしまったんだ。

貧乏牧場の見浦ではトラクターが中古ばかり、50年前の機械を筆頭に3社の外国のメーカーの骨董品が稼動している。従って運転操作も多様で、ギヤレバーの位置、ブレーキの踏み具合、ハンドルの切れ味、給油の場所、オイルその他の点検場所、 機械にはそれぞれに個性がある。それを覚えるだけでも大変なのに、作業機が又多様である。先頃までは何とか頭を痛めながらこなしていたのだが、それが苦痛になり始めたんだ。

昔、人間は100億の脳細胞を持つと教えられた、しかし実際に働いているのは1/10くらいだと、あとの遊んでいる脳細胞は現役細胞が倒れた時、記億や信号を変わって記憶し判断を下すのだというんだが。

私もなるほどと思う体験をしたんだ。私が生物に関心を持ったのは、4年生の時に母の妹の貞叔母から貰った科学の本からなんだ(貞叔母は女学校の教師だった)。その中に当時発見されたばかりのパブロフの条件反射の詳しい記事があったんだ。今でも試験に使われる管を何本もつけた犬の写真は鮮明におぼえている。あれが小板に帰って、すぐ小学5年生の子供が牛を使うことにつながり、馬を使ったり、動員で暮らした七塚原の牧場で数多くのことを学んだ出発点だったんだ。ところが、それほど強烈だったパブロフの名前が完全に失念して思い出せなくなったのは40歳過ぎ、さすがに若年性の痴果かと恐怖したね。私は19歳の時日本脳炎を患って後遺症が残った、それが原因の若年性の痴果のはじまりか?とね。ところが頭文字がパ行だったことは覚えていた。それからパピプペポと繰り返したんだ、何日もね。そしてある日パブロフの文字が頭に浮かんだ。うれしかったね、痴果ではないとね。

ところが何年かして再びパブロフが消えた。前回の経験に従ってパ行の繰り返しで記憶が戻った。それからこの年になるまで何度も同じ現象が起きた。しかも、覚えている期間が短くなるような気がする。そして最初の思い出した時の感激がだんだん薄くなる。そこで考えたんだ、記憶は何個かの脳細胞の共同作業で成り立っている、その中の一個の細胞が死ぬと記憶を呼び戻すために死んだ細胞の代りに遊んでいた周りの細胞に情報を伝えて記憶を再生する、その繰り返しで記憶が残って行くのだと。

ただ、5歳の時経験した2.26事件での出来事は80年経った現在でも鮮明だ。あの深夜の松尾大佐の(岡田首相の身代わりになって自ら反乱軍の銃口の前に出て死んだ軍人、私とつながりがあるとか)葬儀、あの灯火は鮮明に脳裏に残る。よほど強烈なインパクトで記憶されたのだろう、動員された脳細胞の数はけた外れに多いのかもしれない。

ともあれ脳細胞減少の現実は本人も実感している。様々な対応でしのいではいるものの、日に日に進行することはあっても回復することはない、生物の宿命である。この上はゆっくり考えることを最優先で衰えた頭脳でも判断は正確でありたいと願うのみである。

2020.12.08 見浦哲弥

お元気ですか、長らく眠っていた文章を仕上げました。



1 件のコメント:

  1. 隣のキャンプ場で何度か過ごした者です。キャンプで来る度、キャンプ場の奥やその周辺を大きなトラクターで仕事をされている見浦さん(奥様も)をお見かけしていました。お見受けする限り、ご高齢の爺様が大きなトラクターで牧草刈りをされている光景に感動し、その度に元気を頂いていました。
    何度か作業姿を拝見するうちに、片手で大きなハンドルをあやつるその姿は『余裕』ではなく、もう片方の手で大きなトラクターを制御されているんだ!と今日気づました。

    このブログを知ってまだ数日間ですが、かいつまんで読ませていただいた、どの記事も素晴らしく、『私の浅はかな』脳では受け止められない、奥深い内容に頭が痺れています。
    これから全記事読ませていただきます。
    どうぞどうぞ、まだまだお元気で。

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