2019年6月16日

小便物語

老齢になると小便が飛ばない。特に男性はそれが如実に現れる。若かりし頃、いや50歳頃だったか、会合で「ションベンが飛ばなくなって」と先輩が話すのを笑い話と聞いたものだが、それが現実として我が身に現れると真剣に考えざるを得ない。老化とは筋肉の衰えだから、小便が飛ばなくなるのは当然のことだが、こんな形で警告してくるとは造化の妙と感心している場合ではない。

就寝時に排尿のためのトイレ回数が増え始めた。87歳の現在は3時間おきだが、少しずつ短くなる。先輩は尿瓶を愛用するようになったとのたまったが、むべなるかなと納得している。

おまけに尿意を感じたとき我慢ができる時間が短くなった。注意しないと下着に漏らす可能性すらある。先人は老人になると何時の間にかズボンが袴に変わっていた。それも知恵の一つだったんだ。最近はホームセンターで子供のオシメと並んで大人のオシメが堂々と商品棚を占領している。尿もれパンツと称しているが老人のオシメである。赤ちゃん返りまで行くと老人にも必需品になるのか、愛用者が多いらしい。私もお世話になるのも近いのかもしれない。老人になるのも 大変である。

少年の頃、小便の飛ばしっこをやったっけ。遠くに飛ぶのが当たり前と思ったが、あの頃は体が成人に向かって日に日に成長していたんだ、現在の孫たちのようにね。小便もよく飛んだと遠い昔を偲んでいる。

振り返ると、この集落では最年長者?になったが、そんな繰り言も老人の戯言と耳を傾ける人はいない。若かった過ぎさりし日の私のように他人事なのである。誰も自分がその老人になって悲哀を感じるまでは自分は例外なんだ。人が必ずたどる道なのだが、私がそうであったように我が身に起きるまでは他人事なのである。

小便物語は人生の中の小さな出来事、でも誰もがたどる道、この小文を読まれた人は、どこかに記憶としてとどめて、若さに感謝して時間を大切に生きてほしいと、在りし日の自分を振りかえりながら願っている。

2018.12.30 見浦哲弥

0 件のコメント:

コメントを投稿

人気の記事