2019年3月3日

私の自動車遍歴

私が住む小板は広島市から約100キロ、昔風にいうと25里、中国山地の分水嶺近くにある、瀬戸内海より日本海に近くて益田市まで70キロ(これは最近の話)私の少年の頃は無舗装の一車線がいくつもの峠を越えてやっと海にたどり着いた、それでも瀬戸内海よりは近かったね。

そんな中でT家にイギリス製のマチレスなるオートバイが入った。荷物を積んで走る車ではないが、人一人を後ろに乗せて走る。積載量はわずかでもスピードが桁違い、 50キロや60キロの荷物を簡単に運ぶのを羨望の目で眺めたものだ。暫くして自転車につける補助エンジンが発売された。外国製ではないので努力すれば庶民でも何とか買える値段、我が小板にも2台が入った。 1台はホンダのカブ号、まだ幼稚なエンジンでなかなか始動しない、エンジンが動くと「かかった」と大喜びをしたものだ。
都会の復興が始まると中国山地の林産物の需要が増えて、小板にもT家が500キロ積みのダイハツの3輪車トラックを、 S家がマツダの1トン積3輪トラックを購入して山仕事に利用し始めた。小板のモータリゼーションの始まりである。

親父さんから90アールの田圃を任されて独立はしたものの私達は貧乏のどん底、自前の足をもつ余裕はない。でも時代はモータリゼーションの夜明け、他家の自前の交通手段に羨望は増すばかり、その折、友人が広島の取引先で軽三輪トラックの中古の出物があると伝えてきた。値段は 13万円、新車が20何万円だと記憶しているが、その話に飛びついた。そして我が家にも自前の交通手段がやってきた。これが見浦家のモータリゼーションの始まりである。でもとんでないボロでね、マツダが競争相手のダイハツのミゼットに対抗するために作った、性能より外観という、良心を疑われるような車だった。
丸ワッパの2人乗り、300キロ積みの荷台があって、故障がなければ夢のような便利な車だったが、今なら犯罪になりそうな品質だったね。360ccのⅤ型2気筒空冷エンジンで小さな冷却用のファンがあってね、公称13馬力、非力でね、虫木峠を登れない。休んでは情カをつけて一寸ずりでよじ登る、スバルのR360は乗用車ではあるが4人乗って道路を走るのに何ら問題はないというのに。性能の差に呆れて、マツダのセールスマンに聞いたことがある、同じ360CC なのにどうして力が違うのかとね、その答えが「私達もその理由がわからない」と。それからは マツダにファミリアが登場するまでは自動車会社としては敬遠したね。

親父さんが癌で広大病院に入院した時に、看病と大畠(オオバタケ:見浦家の屋号)の農業と二つの仕事をこなす羽目になった。そしてボロ車ではあっても軽三輪は広島で看病をして夜中に小板にトンボ帰りの足となったんだが、これが故障の連続でね。パンクはするわ、バッテリーは上がるわ、エンジンは掛からないわ、 大変な騒ぎ。この事はジャッキが別売りで懐具合の都合で購入してなかったから、民家に借りに行くと、返してくれる保証をしろ、など、夜中に泣きべそをかきながらの広島通い。さすがに何とかしないと思い立って我が人生で1度の新車を購入したんだ。トヨタのパプリカ、41万円だったかな、家中の小銭までかき集めて手に入れた車は評判は悪かったがトヨタの歴史に残る名車、安くても走りは本物の自動車だった。水平対向空冷2気筒700cc、27馬力、定員4人を載せて坂道も快調に走ったが、冷房がなくて、冬は寒くて、もう一つの欠点は簡単なハンモックシート、それらを我慢すれば50キロー60キロの連続走行は問題はなかった。ただ2気筒のポトポトと乗用車らしからぬ排気音は頂けなかったが、室内には聞こえてこないし気にすることはなかった。オヤジの退院後はドライブを楽しませてもらったものだ。お巡りさんに「お百姓が乗用車を乗りまわす時代になったか」と変な感心をされたり、最高の車だったね。

しかし、新車に乗ったのはそれが最後、以来、私の自動車人生は中古車のオンパレード、しかも廃車寸前の車ばかりだった。乗用車もトラックも、軽自動車も、そして国産の自動車メーカーの全てに付き合ったんだ。
だがボロ車とはいえ、近代文明の利器である。荷物も運んだし、親父の看病で広島へも通えた、近隣ではあるが見聞を広げることも出来た、研究会に欠かさず出席できて知識を吸収できた。 見浦牧場の自動車はボロ車だったが、大きな実益をもたらしてくれた。たとえ人がどんな批判をしようともである。

そして世の中は自動車の世の中、ウォーキングと称して歩きを楽しむ人たちが異質に見える、そして休日ともなれば軽自動車からスポーツカーまで人影が薄くなった小板を走りすぎる、これが時代の進歩と言うものかと老人は納得している。
現在、見浦牧場はトラック3台に乗用車1台、ミートセンターの律子君の車まで入れると5台の車が乏しい家計から税金を収めて日本国に奉仕している。

2018.11.15 見浦哲弥

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