2021年8月13日

仲間

見浦牧場の牛の飼育方法は群飼育と言います。

ここ中国山地では、昔から役牛 (トラクターなどの代わりに仕事をする牛) として和牛が飼われていました。私も子供の頃は牛を使って田んぼを耕していましたから、7- 80年前も前の話です。その頃は1頭毎の牛房(牛の部屋)が一般的でしたが、大畠 (見浦牧場の古い屋号)では大きな牛小屋の柱に何匹も繋いで飼う大駄屋 (おおだや) と呼ぶ古い方式でした。窓も換気口もない部屋にハナグリ(鼻輸)で繋ぐのですから、 非牛道的(?) な飼い方でしたね。おまけに踏み込み式と称して、草やわらを放り込んで行く、1年に一回冬の積雪を利用して、敷料や糞を田んぼに運ぶと駄屋の底が低くなってね、それまでは刈草や牛の糞で牛小屋の底が高くなって見上げるようになる、そんな環境の牛は、今考えると悲惨でしたね。

それを今から60年ばかり前に、群飼育方式の一貫経営に切り替えたのですから大変で、次から次へと新しい出来事の連続、今までの知識は全く役にたたず、試行錯誤の連続でした。周辺の農家が「わしらーも、昔は牛を飼うとったけー、 素人の見浦とは違う」と、彼等もふたたび牛を飼い始めたのですが、如何せん役牛と肉牛の飼育は全く違う世界、問題が起きると「見浦君、済まないが見てくれ」と頼みにくる、解決すると途端に昔はこうだった「見浦は何も知らない」と批判する、人に頼ったり、自分の考えに固執したり、皆さんも大変だなと同情したりして。

役牛としての飼い方と、肉牛として利益を上げるための飼い方は全く別物なのです。同じ和牛を相手にしながら異質の考え方が必要だと言うことを理解できなければなりたたない、そんな世界だったのです。

見浦牧場も最初は上殿の家畜商から2頭、芸北町の家畜市場から2頭、北広島町の家畜市場から5頭、三次の家畜市場から2頭など、あちらこちらから買い集めた子牛と、飼えなくなったと持ち込まれた県有の貸付牛など雑多な牛の集まりでした。勿論、昔の飼い方の中で生産された1頭飼いの牛ばかりでしたね。

和牛は神経質な牛でして、乳牛と比べると集団では飼い難いと言われていました。これは見浦牧場だけでなく全国的な傾向でした。北海道の白老町から見学に来られた農家の方も、見浦牧場で和牛を集団で放牧飼育していると聞いて、自分の目で見なくては信じられないと、わざわざ確認にお出でになりましたから。

見浦の牛を見て、放牧に適するように選抜淘汰して牛を作るのが、肉牛としての和牛の基礎の基礎と知って、自分たちも考え方を変えなくてはと理解をして頂いた時は嬉しかったですね。しかし、60年以上も経過した現在もこの考えは少数派なのです。

勿論、私達の見浦牧場も初期はそんな知識の持ち合わせはありませんでした。参考にする論文は、動物の行動や習性について詳しく論じたものはありませんでした、試行錯誤、まさに試行錯誤、その為に犠牲になった牛達には可愛そうなことをしたと、今でも心が痛みます。

動物はドミネンスオーダーとテリトリーと呼ばれる相反する本能を持っています。ドミネンスオーダーとは順列のことで、仲間との集団生活の中で、力の強い個体がリーダーになり、力の順に集団の中での順位が決まります。一方、テリトリーは縄張りのことで、より広い自分の勢力範囲を守るために死力を尽くします。どの動物も、この2つ本能を一方が大きければ他方は小さいと言う形で持っているのです。

皆さんも、よくご存じのニホンザルは順位の本能が大きく、縄張り本能は比較的小さい。だから必ず集団を作り、順位を決め、リーダーを選びます。縄張りを守る本能は小さくて、僅かに食事時の餌を守る程度。

ツキノワグマは縄張りの意識が強く、繁殖期以外は個体が自分の縄張りを死力をつくして守ります。見浦牧場に時々来場する熊君は何時でも単独で行動、複数でも母親と子供のペア、同時に二頭の成獣が現れた事はありません。彼等の縄張りは5キロ四方だと聞いていますが。

最初、見浦牧場の牛群は、この順列を決める際の争いで傷つきましてね。幸い死亡事故はありませんでしたが、獣医さんのお世話になるような傷が多かったものです。そこで専門家に意見を仰ぐと角を切れとの指導。参考書を見ると「除角」という項目があり、そのための方法や道具が列挙してありました。そこで早速角切を実行、素人が生半可な知識で新しいことに挑戦するのだから、失敗の連続、 この詳細は”角と教育”の文章を読んでください。ところが集団で周年放枚するシステムが確立するにつれて喧嘩は少なくなり、順列が決れば争いも即おさまる、怪我をして治療が必要な話はどこへやら。 従って角切の話など昔話になってしまった。専門書にかなりのスペースで紹介されて重要な技術だと思ったのにね。

その認識で動物や鳥を見ると、この本能の持ち方は種によって大きく異なることがわかりました。例えば我が牧場の大害鳥のカラス君、見事に順列を守って集団行動を取る、狸君や狐君は家族単位の小集団で、そして牛は集団で暮らす動物でした。そんなことは畜産の教科書には書いてなかった、 盲点の一つでしたね。

現在でも、この性質を経営に利用しようと言う話を聞く事はありません、私の寡聞なのかもしれませんが?。大投資が出来ない私達のような小さな牧場では個々の動物の理解を深めることは、経営を続けてゆくための大切な要件の一つではと思うのですが?。

2019.12.30 見浦哲弥


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