その年は、世界的に大豆もコーンも不作で、飼料原料が高騰して、一袋(20キロ)650円前後の配合飼料が2倍近くになったのかな。おまけに、飼料の高値に嫌気した飼育農家が、仕上げ前の牛をいっせいになげ売りしたものだから、牛価は半値、この業界は大変な騒ぎになりました。試行錯誤中の私達も、まともに荒波を受けましてね。どう切り抜けようかと必死でした。
そこへ退官されてヤンマーの嘱託になっておられた中島先生が「おい、見浦君どうしているか。」と訪ねてこられました。「先生、大変です。とても切り抜けられそうもありません。」と申し上げたのです。そして見浦牧場の現状を報告したのです。半分あきらめかけていた私の話を黙って聞いておられた先生は、「見浦君、経営というものはコップのようなものなんだ。」と話し始められました。
「そのコップに資本を入れ、労力をいれ、知恵をいれて、一杯になって始めて利益が湧き始めるんだよ。たとえ九分九厘溜まっても、一杯にならなくては利益は生まれてこないんだ。大きいコップは大きい利益があるかもしれないが、小さなコップも大きなコップも、一杯にならないと利益が湧いて来ないのは同じ。そのコップの大きさを決めたのは、君自身ではないのか?自分で決めた事に何故悲鳴を上げるのか?持てる資本を全部投入し、力の限り働き、能力以上に知恵を注ぎ込む、それは当然の事ではないのか?弱音をはく前にする事は一杯あるはず。」と。
シヨックでしたね。ぶん殴られた気がしましたね。そんな当たり前の事に気付かずに後ろ向きになっていた私に、猛然と腹が立ちました。悔しくて悔しくて、2-3日は夜も寝られなかった。そうだ、自分が決めた事だ。最後の最後まで全力投球をしよう。自分の持てる力を全て投入してみよう。本当に全力投入したのか?余分な事をしてはいないか?そして結論がでました。まだ心の中に見栄と体裁を持っていました。特に兄弟に対して。そうだ、ありのままの自分で生きよう。辛いときは辛いと言い、助けが欲しいときは助けてと、素直になろう。
12月の28日、農協の組合長が電話をしてきました。「見浦君、緊急融資をする事が決まった。至急保証人を二人頼んでくれ。保証人の所得証明書も必要だ」と。
以前の私なら二の足を踏んだのですが、素直に兄弟に頼めました。「ああ、いいよ。書類を送れ。」この瞬間、新しい私が生まれたのです。
年末、辛うじて間に合った融資。見浦牧場が生き残った喜びもさる事ながら、目の前に広がった人間の生き方。目から鱗が落ちるとはこの事でした。
あれから30年あまり、新しい人生を生きてきました。問題は山積しているものの、経営は黒字が続いています。世代交代もなんとか出来そうで、若い連中の生き様が本物になったようです。
振返って周囲を見ると、今の私が当然と思っている事を知らないで模索している人が余りにも多い。若い当主和弥がこういいます。「大切なのは人生で迷った時、本当のアドバイスをくれる人を持つこと、それが1番大切だ。しかし、そんな人はあまりにも少ない。」と。
私には、師となるような資格はありません。しかし、自分が体験し、実践してきた事は話せます。
危機を乗りきることができて、再び先生にお会いした時、「あの話はこたえました。何日も夜も寝られませんでした。」と申し上げましたら、先生は「あのたとえは色々な所に使えるんだ」とおっしゃいました。例えば、幸せな家庭を望んだら、誠実と信頼と愛情を家庭というコップに一杯になるまで注ぎ込まなければ幸せはやって来ない、と言うように。
人生は面白いものです。しかし、人間ですから物事が見えなくなる事もあります。その時に本当の事を教えてくれる人を持つ、それが大切な事だと思うのです。その為には、日頃から誠実に生きる。それを続ける姿を見て人生の師が登場する、これが私達の社会の基本だと思うのです。
2007.3.20 見浦哲弥
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