貴方は“パブロフの条件反射”という事はご存知でしょう。1936年 ロシアの生物学者パブロフ教授が発見した、動物の条件反射のことです。小学校3年のとき叔母が買ってくれた科学の本に紹介されていた記事で、なぜか記憶に深く残ったのです。
後年、和牛の一貫経営にのめりこんだ時、大きく役立った理論でした。今日はその話を書きたいと思うのです。
昭和43年、小板の開拓が始まる時、開拓の希望者は、それぞれ、事業計画書を町の担当者に提出したのです。
何日かして、友人のF君が話に来ました。
「おい、見浦やー、Nがのー、お前が牛を165頭も飼う言ゆた、ゆうて笑いよったで。牧場へ1―2頭連れて行くのも、一仕事なのに160頭とは、馬鹿も休み休み言え、たわけた奴よのーと。それんだがのー、俺もどうやるんか聞きたいよ。ほんまに、どうやるんなら?」と。
そこで条件反射を思い出したのです。犬で出来るのなら、牛で出来ないはずはない。N君は小板の中の私の反対派の大将でしたから、売り言葉に買い言葉で、思わず私はズバッと言いきったのです。
「これから見浦の牛はのー、訓練してのー、わしが“整列”ゆうて号令をかけると、一列に並んでの、右向けー右、前に進めと言うとの、並んでついて来るようにするけー、問題はないんよの。」
それを聞いたF君が馬鹿にされたと思ったのか、いやもう怒った怒った。
「なんぼ、大畠(見浦の屋号)でも、そがぁな事が出来るわけがありゃぁせん。人を馬鹿にするのも、ほどほどにせー」
「そんなら出来たらどがぁすりゃー」「おー、そんときゃ、小板中を逆立ちをして歩いてやらー」と、喧嘩別れになりました。
パブロフの犬を使った実験では、餌を与える時に必ずある音を聞かせたといいます。
私達もそうですが、食事の時は自然と口の中に唾が湧いてきます。動物も同じで餌を前にすると唾が湧く。それを確認する実験でした。パブロフ教授の予想どうり、ある期間繰り返すと、音を聞くだけで、唾が湧いてきたというのです。
そこで、見浦牧場でも餌をやる時は音で合図することにしたのですが、その音が問題でした。ベルにするか、ホイッスルにするかと、音源を色々検討したのですが、物忘れの名人が揃っている見浦牧場で、牛を呼ぶときに特定の器具を必ず持って行く事は不可能との結論で、自前ののど、すなわち、「モォーン」と私が声を上げる事で決着したのです。但し、この方法は人が変わると声質が変わるので牛が理解してくれないという欠点がありましたがね。
さて、広言の手前、「あれは口からでまかせ、できなんだーや」、ではすまされません。毎日牛に餌をやる時は、独特の鳴き声で牛を呼ぶのですが、すぐ憶えて行動してくれる、そんな虫のいい話しはありませんでした。
頼りはあの理学書にあった「繰り返す事で生物が反応する」という文章だけ。3ヶ月繰り返しても牛が応えてくれないときは、さすがに駄目かと諦めかけましたね。ただし、そこでへたばらないのが、たった一つの私の取り柄、泣きべそをかきながらも続けましたね。
三月が過ぎてしばらく経ったある日、1頭の牛が私の声で頭を上げました。そして私の鳴き声を確かめたのです。何度目かの鳴き声に牛舎のほうに歩き始めた時は嬉しかった、本当に嬉しかったですね。 牛舎に帰った牛は、そこに餌がある事を確認すると、翌日も私の鳴き声を聞いて来てくれました。
一つの山を越すと次が心配でした。一頭訓練するだけで3ヶ月、他の牛も訓練するとなると、また同じ苦労をしなければならない。この方式は再検討かと心配したのです。ところが、ボスの行動を見て真似をする牛が出始め、1ヵ月もしないうちに、群れ全体が同じ行動を取るようになったのです。教科書の何処にも記述されていない、牛の群飼育方式の発見でした。
しかし、1度でも人間が違う行動を取ると彼らは混乱します。それを見て、人間も同じなのかと気付きました。約束したら必ず守る、それが信用なのだと。1度ぐらい大丈夫などと考えると、牛でも混乱する。まして人間はと。牛は真理を教えてくれる友達、彼らからも生き物のルールを学ぶべきだと。
見浦牧場の信条「自然は教師、動物は友、私は学ぶ事で人間である」の「動物は友」の言葉が生まれた瞬間でした。
2006.8.9 見浦哲弥
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